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飯田簡易裁判所 昭和43年(ろ)16号 判決 1969年7月14日

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は

被告人は自動車運転業務に従事するものであるが、昭和四三年一月二日午後一時五〇分頃、普通貨物自動車を運転し、長野県下伊那郡高森町山吹三一二七番地先の幅員約五、六メートルの県道を飯田市方面より駒ケ根市方面に向け時速約五〇乃至六〇キロメートルで進行中、左方より同県道に交差する幅員約三メートルの道路上を右県道に向けて進行してくる松下伊一(当時五〇才)の運転する自動二輪車を左斜め前方約四一、二メートルの地点に認めたのであるが、かかる場合自動車運転者としては、そのまま進行を継続するにおいては右自動二輪車と衝突するおそれがあるから右自動二輪車の動静に留意し、先ず除行し、警音器を吹鳴するなどして警告を与えその安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り右自動二輪車が県道上に進出する手前において一旦停止のうえ自車に進路を譲つてくれるものと軽信し、漫然同速度で進行を継続した過失により、右自動二輪車が一旦停止することなく被告人の進路前を右折の挙に出たため、あわてて急制動の措置を講じたが及ばず、自車前面を右自動二輪車に衝突させて同人をはねとばし、よつて翌一月三日午後二時一六分頃、飯田市東和町二丁目三〇番地代田外科医院において脳挫傷等により死亡するに至らせたものである。

というのであつて、右日時に右交差点付近路上において被告人運転の普通貨物自動車と被害者松下伊一運転の自動二輪車とが衝突し、その結果右松下伊一が右事故の翌日代田外科医院において右死因により死亡するにいたつたことは何れも被告人の自認するところであり、関係補強証拠と相俟つて右各事実を認めることができる。

そこで検察官主張にかかる本件事故における被告人の過失の成否を検討するのに、本件において検察官の主張の前提としている事実は時速五〇ないし六〇キロメートルでアスフアルト舗装の幅員五、六メートルの県道の中心より右側部分を前記車両を運転走行した被告人が右松下伊一運転の自動二輪車が左方道路より右県道に進入しようとするのを左前方四一、二メートルの地点(右時点における右自動二輪車の右交差点までの距離七、六メートル)に認めたが、直ちに減速徐行の措置をとらず更に一四、二メートル前進してはじめて急停車の措置をとつたが時既に遅く被害車両との衝突を回避することができなかつたとの事実であり、この事実が認められる以上被告人は右の被害者松下伊一発見の時点において徐行義務の懈怠があり、従つて業務上過失責任が発生するのであるというのである。

なるほど司法巡査小竹為利外一名作成の実況見分調書と当裁判所の検証調書とを総合すると被告人が被害車両を発見した地点(実況見分調書の<1>点、((以下同様))もつとも、被告人の司法巡査及び検察官に対する各供述調書の記載から推定すると右<1>点より被告人が急制動の措置に出た<2>点までの間には若干の時間が経過したものと読み取ることができ、これと被告人の当公判廷における供述とを対照して考えると被告人が被害車両を発見した地点は右<1>点よりも若干南方即ち飯田寄りであつた疑もなくはない、)から前記交差点の始端までは三七、三メートルで、被告人運転の車両の走行速度時速五五キロメートル前後(現場にのこされたスリツプ痕の長さ平均一七、六メートルから推定する)の速度で何ら減速せず進行すれば僅か二秒余で右交差点に到達する距離(そのうち被害車両との衝突地点までは三三、七メートル)なのであるから、被告人がその時出合頭の衝突の具体的な危険を認識した場合には右時点において直ちに急停車等の措置をとるべき義務あること勿論である。

しかしながら、松下伊一の進行して来た道路は、前記実況見分調書及び検証調書によれば、県道との接続部分の幅員三、五五メートル、その余の部分の幅員約二メートルの非舗装の農道で、緩やかな下り勾配を以つてほぼ直角に右県道に交つておりその両側は乾田であるため県道上の通行車両に対する見透しは概ね良好であると認められ、被告人の当初発見時における被害車両の位置は右県道との接続点の手前七、六メートル、その時点における右自動二輪車の進行速度は、同地点から交差点までの右距離、更に交差点に進入してから衝突地点に至るまでの距離(六、五メートル)とその間の被告人運転の車両の走行距離とを検討して概ね二五ないし三〇キロメートル程度であると認められるから、松下伊一としては右地点に到達する以前において既に被告人運転の車両を含む県道上の車両の通行状況を確かめうべく、又専らそのことに充分の注意を払つて県道進入の際の危険を防止しなくてはならない筋合いであるというべきであり、且つ右時点においては、なお、県道に進入する手前で自車を停車させることのできる余地があつたものと認められる。

これに対し被告人の進行し来つた県道は右農道に較べて道路交通法第三六条第二項にいう「明らかに広い道路」であつて、国道一五三号線の工事が未完成の現在国道同様の機能を果しており、本件交差点を中心に南北にそれぞれ約一〇〇メートル合計二〇〇メートル余は直線の見通しのよい道路であるから、この道路上を進行する自動車の運転者にとつて前記状態にある自動二輪車が交差点の進入にあたつて徐行、一時停止し県道上を通行する車両にその進路を譲つてくれるものと信頼することも無理からぬ状況にあつたものと認められる。

従つてかような場合被告人としてはいまだ相手車両が完全な「徐行」の状態にない以上警音器を吹鳴して自車の接近を警告すると共に右足をブレーキペタルにかけ、一時停止の措置が若干遅れることのあることも考慮して進路前方に対向車両のない限り交差点を通過する際道路左側を二、三メートルあけて進行すれば通常の場合相手車両との衝突を避けうべく、それ以上相手車両が広い道路を走行する自車の直前を遮つて危険な右折の挙に出ることまで予測すべき義務はこれを認め難く、被告人の供述及び前記実況見分調書によれば被告人は右の各措置を講じているものと認められる。

そうだとすると前記認定にかかる事実の下において被告人に徐行義務を課することは失当であり、他に被告人に徐行義務を負わせるに足る事実を認めうべき証拠はない。

よつて本件は犯罪の証明がないものというべく、刑事訴訟法第三三六条に従い無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

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